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研究・調査活動―シンポジウム・ワークショップ |
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東洋文庫現代中国研究資料室、慶應義塾大学メディアセンター、東京大学社会科学研究所現代中国研究拠点、京都大学人文科学研究所附属現代中国研究センター共催シンポジウム・現代中国地域研究コロキアム 「電子書籍・資料のいま:日本と中国」
・日時:7月15日(金)13:00~17:30
・会場:(財)東洋文庫新本館2階講演室
(ポスターはこちら)
・協力:NPO法人デジタルヘリテージデザイン
・報告者及び報告テーマ
開会挨拶 高田幸男(明治大学/東洋文庫)
セッション1 中国の電子化事情
・中国の電子書籍
「中国電子書籍の現状」橘一郎(方正株式会社)
・中国(学)の電子化事情
「東京大学東洋文化研究所の漢籍関連データベースについて」大木康(東京大学)
「中国学電子資料を利用した教育研究の現状」二階堂善弘(関西大学)
「中国の大学図書館におけるデジタル化」大澤肇(人間文化研究機構/東洋文庫)
「社会科学におけるデータ・アーカイブの試み」田嶋俊雄(東京大学)
セッション2 日本の電子化事情
・電子化と学術研究教育
「電子学術書利用実験プロジェクトのめざすもの」入江伸(慶應義塾大学)、京セラコミュニケーションシステム
・ビジネスとしての電子化・電子書籍
「丸善の電子書籍への取組み」吉野知義(丸善株式会社)
「東京大学出版会の電子書籍への取組み」黒田拓也(東京大学出版会)
「中国の電子出版(書籍・雑誌・データベース)の販売をめぐって」川崎道雄(東方書店株式会社)
セッション3 日本のこれからを考える意見交換
閉会挨拶 石川禎浩(京都大学)
第1セッション
本シンポジウムは、中国及び中国学の電子図書館・電子書籍の状況を日本の研究者、出版者、図書館、読者に紹介し、併せて日本の電子図書館・電子書籍の状況を考えることを主旨として、当資料室、東大拠点、京大拠点及び慶應義塾大学メディアセンターの共催で行われた。
最初に報告した方正株式会社の橘一郎氏は、中国の電子出版は2010年に121万タイトル、利用者数約1億人、販売冊数5800万冊、売上高900億円、専用端末は103万台という規模になっていると述べ、また紙媒体の書籍には国の統制があること、フォーマットがほぼ統一されていること、本が完成した段階で電子データは揃っていること、価格は高くても書籍の7割、電子化への国の援助、などの要因のため電子化が急速に進んでいることを指摘した。データは画像として保存すると同時に、文字データも同時進行で作成し、また、多言語(特にアジア系)への対応にも力を入れているという。閲覧は、一定の書籍データが入った専用端末を、書籍を読む権利とともに買うというのが一般的であると紹介した。電子書籍は図書館に対して一括販売するのが一般的で、中国の図書館は本を読むというよりは、電子端末を通じて電子書籍を読む空間になりつつある、と述べ、販売価格のうち出版社に入るのは全体の6割以下で、将来的に出版社は配信を担当し、個人や出版社が自ら価格を決めて配信するという形が主流になるのではないか、と見通しを語った。
二番目に報告した東京大学東洋文化研究所の大木康氏は、東洋文化研究所での電子図書館構築状況について報告を行った。東洋文化研究所では所蔵漢籍目録および漢籍善本全文影像資料庫を公開しており、前者は1998年というかなり早い段階からインターネット検索ができるよう整備してきた、と述べ、また京都大学人文科学研究所人文情報研究センターの運営する、全国漢籍データベースにも参加している、と述べた。ただ全国漢籍データベースでは全文画像にまでリンクしていないので、画像が必要な場合は東文研のデータベースから直接検索する必要があることを指摘した。また台北の国家図書館の中文古籍書目資料庫とも連携している、とのことである。全文影像資料庫では4019件の画像を無料公開しているが、あくまでも画像であり(ただ印刷は可能である)、文字データではない。また画像データは北京の国家図書館にミラーサイトを設けていることを明らかにした。こうした無料公開には反対意見もあるが、データベース作成に際して利用したデータベース科研が(無償)公開を原則としている点、また何よりも公開の便利さと資料の保存を考慮して現行の体制となっている、と総括した。
その後報告を行った二階堂善弘氏は関西大学文学部及び大学院東アジア研究科で、中国の民間信仰についての研究・教育を行いながら、漢字文献情報処理研究会の中核として、中国学の電子化について独自に研究・実践を行っている。漢字文献情報処理研究会では、会誌『漢字文献情報処理研究』で継続的に漢籍電子化に関する情報を発表している。
二階堂氏は、パソコンで利用できる漢字は近年では格段に増加し(約7万字)、漢字問題はかなり解決された印象である、と述べ、漢籍データベースも充実しつつあり(愛如生は1万種、20億字)、中国・韓国では学術のインフラ(基礎)になりつつあるが、日本では導入が遅れている、と指摘した。電子データは、他分野の情報を横断的に博捜でき、学問の枠の敷居を低くした点でも有効であり、またデータベースの中には、これまで研究の一つの手法であった版本比較を自動的に行うものもあり、データベースは単に検索して閲覧する段階から、次の段階に来ている、と述べた。一方で、ただ検索サイトで見つけた情報を無批判に利用・引用する者や、電子化されていないものは論文ではないという意識を持った学生(中国の学生に多い)などの問題もあること、また古版本に全く触れることなく研究する学生も問題であろう、と述べ、このため今後は「電子版本学」のようなものも必要になってくるのではないか、と纏めた。
次いで報告した東洋文庫の大澤は、2011年3月に行われた東洋文庫現代中国研究資料室による中国における電子図書館視察について報告し、中国に比べ、日本では、デジタル化された論文や資料情報、特に論文の発信が相対的に少ないこと、また中国・台湾・アメリカではすでに電子図書館間のネットワークが形成されており、日本がこの分野で立ち遅れていることにより、中国研究における日本の立場が相対的に低下、さらに「JAPAN Passing」と言われる現象も指摘されている、と述べた。
さらに第1セッションの最後に、東京大学社会科学研究所の田島俊雄氏がデータアーカイブの紹介を行った。東京大学社会科学研究所SSJDA(Social Science Japan Data Archive)で扱っているデータは、画像ではなく数字情報が主であり、外部のシンクタンク等が実施した社会調査の個票データ(マイクロデータ)を預かり(データアーカイブ)、それを広く研究者に提供し、それぞれの分析結果をさらに資料提供元に還元する、いわば仲介の役割をしている、と指摘した。また良質なデータ確保のためのデータ・クリーニングや、計量分析セミナーも行っている、とも述べた。なお、このデータアーカイブは、データの公共財的性格を維持するため、運営は非営利で行っているとのことである。
またこの後、第1セッション報告者に対して質疑応答が行われ、主として中国の電子書籍の状況について、質問が集中した。
第2セッション
第2セッションでは、日本の電子化状況についての報告が行われた。
慶應義塾大学メディアセンターの入江伸氏は、日本の大学における電子書籍購入費用は、特に洋雑誌を中心に紙書籍を超えていること、またアメリカの大学図書館はほとんど大量デジタル化の時代を迎え電子資料の保存、紙媒体資料の保存が課題となっており、例えばグーグルは著作権のない資料のデジタル化を目指していることを指摘した。さらに電子化の際には過去30年程度のものをしなければ利用者にとって実質的な意味はないこと、アメリカや韓国でも様々な書籍がデータ化される中、日本の書籍だけがない、という状況は問題である、と述べた。そのためには書籍デジタル化をビジネスとすること、電子化する学術書を増やすこと、出版社としての意志決定、といったことが必要になる、と指摘した。そのため現在は出版社より提供されたデータ(コンテンツ)をもとに電子書籍を作り、それを配信し、図書館の方は、利用者の動向を出版社に提供する実験を行っているとのことである。
次いで出版二社からの報告が行われた。まず丸善の吉野知義氏が報告を行い、吉野氏は、紙と電子媒体双方のうち、紙の方がまだ便利なものもあり、このため紙の本と電子書籍の双方をハイブリッドという形で提供していきたい、と述べた。また出版各社は電子書籍の市場が拡大していることは理解しているが、独自の制作・販売、率先した動きはとりにくい状況にあり、ターゲットを個人に向けるか、機関に向けるか迷っているなどの現状を指摘した。丸善では、専門書や参考書を主なコンテンツとして提供することに注力し、今年末までに1500タイトルを提供する予定であり、あわせて機関向けのサービスも開始する予定であると述べた。その際、同時アクセスの確保、機関契約に適した価格体系、文献管理ソフト・ソーシャルメディアへの対応も必要であると今後の課題についても言及した。<
次いで報告を行ったのは、東京大学出版会の黒田拓也氏である。黒田氏は、書籍のデジタル化に際しては、新たな学術情報流通の形をつくること、書籍販売とそれ以外のメディアを使った販売とを組み合わせた、売り上げのポートフォリオを組む必要がある、とまず指摘した。東京大学出版会は、慶應義塾大学メディアセンターとの実証実験、また紀伊國屋書店ネットライブラリーへのコンテンツの提供を通じて、電子化の将来像を探っており、その際には著作権処理の迅速化など、乗り越えなければならない課題も多いことを述べた。デジタル化の目的は、研究・教育に資する新サービスを提供し、より広い読者に向けて、学問の成果を普及させ、学術振興のベースをつくることであり、東京大学出版会は、持続可能かつ快適な学術・教育サービスの提供に向けて、大学図書館との連携、「紙」「電子」を組み合わせたハイブリッド出版戦略の確立を目指し、今後は、東京大学の持つ多様なコンテンツを外に発信するためのハブとなり、学術情報流通の国際化にも寄与することを目標としている、と述べた。
最後に書籍小売・輸入業としての立場から、東方書店の川崎道雄氏が報告を行った。東方書店では1990年代から中国のデジタルコンテンツを日本の研究者に紹介し、当初は中国語OSでなければ正常に機能しないものが多く、またマニュアルが中国語のものしかない、メーカーサポートが弱いなどの問題もあった、と述べた。これに対して、サポートが不足しているメーカーのものに関しては、徐々に取り扱いを止める対策を取ったという。一方、東方書店が積極的に扱ってきたのは、CNKIと愛如生である。CNKIのサーバーは日本に置かれ、定期的に情報を更新している。愛如生は古典籍の網羅的かつデータの完全性を持ったデータベースを標榜して作られた。当初はDVD-ROMで提供されており、DVDの不具合が多かったが、そうした問題に対しても適切に対応してくれている。『申報』のデータベースが8月に完成、1号から13000号までが現在利用できる状態にある。今後も中国のデータを日本の研究者に紹介する架け橋として活動するつもりである、と総括した。
休憩の後、意見交換ということで会場との質疑応答が行われた。会場からは、①デジタル書籍と紙の書籍は全く同じ価格・内容にするということなのか、②慶應の実験は将来的に電子出版プラットフォームになることを目指しているのか、③学問自体が日本語から離れつつある現状をどう考えるのか、などの質問が出た。
①については、出版社・図書館側から、基本的に同じ値段、同じ内容にするつもりだが、デジタル書籍の方が安くなる可能性もあり、将来的にデジタル書籍の内容は、紙媒体にとらわれなくなるだろう、との回答があった。②については、入江氏からプラットフォームになることを目指してはいない、可能性を確認しようと考えている、との回答があった。③については、そのとおりであるが、図書館の貸出統計からは、まだ圧倒的に日本語書籍の需要の方が高い、との回答があった。また研究者側からは、日本語を大切にしつつ、中国語・英語での発信する力をつけていくことを考えている、との反応もあった。
最後に、京大拠点の石川氏より閉幕の挨拶があり、4時間以上にわたるシンポジウムは無事終了した。
文責・
大澤肇(人間文化研究機構/東洋文庫)
関智英(千葉商科大学)
※但し、掲載にあたり各報告者から確認を受けています。
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